インドに「6人の盲人と象」という寓話があります。6人の盲人があるとき象を触ったときの話です。象の鼻に触った盲人は「象はへびのようだ」といい、耳に触った盲人は「ウチワのようだ」といい、足に触った盲人は「木の幹のようだ」といい、胴に触った盲人は「壁のようだ」といい、尻尾に触った盲人は「ロープのようだ」といい、牙に触った盲人は「槍のようだ」といってお互いに自説を譲らなかったということです。
私は青春時代にアメリカ、フランス、ドイツに遊学(?)して自分自身が体験したことを基に書くつもりです。しかし、私も一人の盲人に過ぎなかったのではないかと考えています。ですからこの国はこうだとか何国人はこんなものだとか決め付ける気持ちは毛頭ありません。唯こんな一面を見たぞというだけではありますがその一面が自分の思っていたものとまったく違っていたものも多かったのです。私のお話は1962年に始まり1966年までつづきます。その間アメリカではミズリー州立大の黒人学生問題、キューバ危機、そしてケネディー暗殺が起こりました。フランスではベンバルカ事件、フランス人工衛星ディアマンの打ち上げ成功、そしてドゴールとミッテランの大統領決戦投票があり、ドイツは未だ東西分裂が続いていました。アジアのインドネシアではスカルノ大統領がクーデターにより失脚、日本では東京オリンピックが開催されそれに伴って高速道路や新幹線が作られました。
私はフランスより船で戻ってきたのですが横浜まで待ちきれずに神戸で下船し名神高速バスで名古屋に出て名古屋からは東海道新幹線で東京に戻ったものでした。街の道路標識がインターナショナルのものに置き換わっていましたし、日本を出る時には街に見られなかったコンビニがあちこちに出来ていたのに驚かされました。では横浜出航のところから話を始めましょう。いや、その前にちょっと留学にいたる経緯をお話しますのでもう少々お付き合い下さい。
0 件のコメント:
コメントを投稿