アメリカに行けば野球が見られると思っていたのですがシアトルの街中で子供達が野球をして遊んでいる姿はほとんど見られませんでした。 当時シアトルには今イチローが活躍しているマリーナーズのようなプロ球団もなければプロ野球用の野球場もなかったのです。スポーツの一番人気はやはりアメフトでした。ワシントン大学にはアメフト用の立派なスタデアムがありハスキー(エスキモー犬)をマスコットとするワシントン大のアメフトチームが出る試合には何時も沢山の観客が集まっていました。 というのもジム・オーエンスというコーチが就任してからハスキー(ワシントン大のチームはこう呼ばれています)はぐんぐん力をつけ常に優勝戦線に顔を出すチームとなっていたのです。何でもこのコーチは大学の総長より高い給料を貰っていたということです。ハスキーは1960年と1961年、二年連続して全米一に輝いた名門チームだったのです。
私が所属していた物理科にブリッグスというハスキーのアメフトの選手がいました。彼は1963年の全米のアメフト大学選手ベストイレブンに選ばれました。彼の活躍もあって、この年ハスキーはまたしても西部地区の覇者となりローズ・ボウルに出場することになったのです。 ローズ・ボウルというのは毎年1月1日にロスアンジェルス郊外のパサディナという街で1947年以降、ビッグ・テン・カンファレンス(東部地区)の大学優勝チームとパシフィック・テン・カンファレンス(西部地区)の大学優勝チームとの間で全米一を争う試合のことです。 クラスメートが出場するのですから応援に出かけたいと思っていたところ幸いにも在学生に割り当てられる入場券の抽選に当たりました。 シアトルからロスまでは結構な距離がありますが大勢の学生達が車に相乗りしてロスに向かいます。まさに民族の大移動といった様です。私は留学生支援オフィスが手配してくれたサンフランシスコのホストファミリーに一泊し汽車で12月31日ロス入りを果たしました。サンフランシスコでお世話になったのは前年のクリスマススキー合宿で知り合いになった牧師さんの家でしたので旧交を温めることにもなったのでした。
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