ケネディ大統領の下、極東での異文化を理解しないがために起った諸々の摩擦が問題視されて極東の文化・言語学習の必要性の機運が高まりワシントン大学も極東の語学・文学にかなりの力を入れていました。日本語も結構人気があり、かなりの数の生徒が日本語を専攻していました。そんな時、日本語・日本文学科で助手を一人募集していると言うのを小耳にはさみました。これは是非やってみたいと思い早速、日本語科の主任教授のドクターTamako Niwaに売り込みに行くことにしました。 「では、試験を受けてください。」と言って手渡されたのは日本の中小企業をテーマとした英文の論文でした。「これを日本語に訳してください。」と言われ翻訳を始めました。結構長い論文でかなりてこずりましたが何とか八割ぐらいを訳した時点で「ここまでにしましょう。」とドクターNiwaは私からペーパーを取り上げ、「結果は後ほど通知いたします」と言いました。まさかアメリカまで来て英文和訳の試験を受けることになろうとは思っていませんでした。国語が大嫌いだったこの私がアメリカとはいえ日本語を教える立場になるなどは考えられないことです。ところが予想に反して結果は合格だったのです。他にも応募者がいたのですが東京生まれの私が標準語を話すと言うことで選ばれたらしいのです。
日本語科のスタッフは主任教授の日系二世のドクターTamako Niwa、に日本から来られたドクターMayako Matuda(この方は女性ですが医学統計学で博士号をとられていました)が副主任のような役割をしておられました。それにハワイ大学から客員教師として来ていたR女史、東京大学からみえたO講師、ワシントン大学留学生のO氏、才媛の誉れ高かったTさんに私を加えた6名でした。私はTA(Teaching Assistant)で教員の中では一番の下っ端ではありましたがファカルティーの一員としての特権を与えられたのは嬉しいことでした。一般の学生が駐車できるのはキャンパスのはずれの大駐車場でしたが、ファカルティーには学部建物横の駐車場が与えられます。一般学生駐車場より10分ほど教室までの時間が短縮されるのでとても楽になるのです。それに週給$140と言うのも嬉しい収入でした。
0 件のコメント:
コメントを投稿