クリスマス休日に行くところのない留学生のために留学生支援事務所はスキー合宿を準備していました。 場所はカナダとの国境近くにあるマウント・ベーカー(Mt.Baker)のロッジでした。スキーが好きだった私はやはりスキーが好きだった日本人留学生を誘って参加することにしました。実はホストファミリーのアン(デイビッドソン夫人)はスキーが大好きで私もスキーをすると知って私のためにHEAD(メーカー名)の金属製スキー板を用意してくれていたのです。
出発は金曜日の午後でした。教会関係のボランタリーの人達が手分けして参加する留学生達を山小屋まで運んでくれるのです。私を迎えに来たのはラスと言う名の優しそうな人です。小型トラックに乗ってやって来た彼は30を少し過ぎたぐらいの年恰好でしたがイガグリ頭で子供のようにニコニコしていました。助手席に私を座らせるとラスの運転で小型トラックはシアトルを後にし北へと向かいました。 2時間ほど幹線道路を北上すると東に向かって山道に入ります。暫く行くと川辺に出ました。既に夜の帳はすっかり下りています。「ここいらで少し休んでいこうか?」とラスが言います。ドアを開けて外に出ると冷たい澄んだ空気で空には無数の星が輝いていました。ラスがいろいろと星座の説明をしてくれました。天空の星達はそれまでに見たこともないほど鮮明に輝いていて実に綺麗でした。
ラスが用意してくれていたサンドイッチをほおばりながらラスの話を聞いているうち気が付くといつしか車は雪道を登っていました。ロッジに着くと既に大勢の留学生達が到着していました。この夜は簡単な自己紹介があって小一時間ほど留学生同士の歓談がつづきましたが比較的早く床につきました。ロッジのベッドは簡素なものでしたが寝心地は悪くありません。
翌日は朝からロッジ裏のゲレンデに出てスキーを楽しみました。スキーをしない人もいましたが可なりの数の留学生がスキーに取り組みました。このスキー合宿でその後長年の付き合いをすることになる大勢の友達が出来たのです。数人の日本人以外に、韓国のキムさん、トルコのハルークさん、カナダのミッシェル(女性)、ドイツから来たギュンター、ウーゼル(女性)、ギゼラ(女性)等々です。ロッジには囲碁のセットもありましたのでキムさんとは碁を打ちました。留学生の余興の時間にはハルークとトルコの歌を歌い彼を感激させました。歌の苦手な私が江利チエミの「ウスクダラ」の歌詞をたまたま覚えていたのです。ミッシェルは体格のいい女傑と呼ぶにふさわしい女性で男でも恥らうほどの「Y談(下ネタ話)」を得意としていました(45年後に再開してみると驚くことにスリムで貞淑な女性に変身していました)。ギュンターとウーゼルはその翌年結婚しました。この二人には私がアメリカからヨーロッパに渡った時にたいへん世話になることになったのです。楽しかったクリスマスが終わってシアトルに戻ると間もなく1963年を迎えることになります。
0 件のコメント:
コメントを投稿