2010年7月20日火曜日

42.夏学期

アメリカの大学生は大部分が学費を自分で工面します。親の脛をかじる風潮はあまりないようです。ですから夏学期は大学に行かずに何らかのアルバイトをして一年分の学費を稼ごうと言う学生が多いのです。私の在籍していた数学科や物理科の学生も多くは夏季学期のコースを取らずにアルバイトを求めて散っていきました。日本人の学生にとっての最高のアルバイトはなんと言っても時間給の高かったアラスカでの鮭の「いくら」造りの仕事でした。日本人留学生なら誰でも参加できると言うわけではなく採用試験の面接がありました。私も参加したくて面接に行きましたが不採用となりました。 私よりも屈強な友人が採用されたのです。

仕方なく私は学業に励むことにし夏季学期の数学を欲張って5コース履修したのでした。結果はオール「A」で2年間での学部卒業を確実なものにしました。5コースのうちの一つは最初「B」が付いてきたのですが、どう考えても「A」のはずでしたので返却された期末試験の答案(日本の大学とは違って試験の結果は採点後学生に返してくれます)をクラスメートのアメリカ人学生に見せて判断を仰ぎました。「間違いなくミスだよ」と言ってその学友が教員室まで同行してくれました。担当はスウェーデンから来ていた若い女性の助教授でした。私の差し出した答案を見て「すみません。私のミスです。」と言ってその場で大学に「A」への修正手続きを取ってくれたのです。もし日本の大学(少なくとも早稲田)のように採点後の答案を返してくれないのであればこのようなミスは表面化しません。私はアメリカのやり方の方が公明正大で良いなと思ったものです。

夏学期も終わりに近づいた頃ホストファミリーのアンから2・3日のピュージェットサウンド(シアトルの西側に位置する瀬戸内海のように静かで島の多い海域)クルーズに誘われました。アンの友人が所有しているクルーザーでの航海です。とても楽しそうでしたので何とかご招待にを受けたかったのですが何しろハウスボーイとして日曜以外は仕事があります。アンがリチャードソン夫人に掛け合ってくれることになりました。翌日アンから電話がありました。リチャードソン夫人の答えはやはり「No」でした。ハウスボーイに3日も暇を取られては困ると言うものでした。結局私も諦めざるを得ませんでした。その代わりアンは私がフリーな日曜日に彼女の友人に頼んで私をワシントン湖での水上スキーに誘ってくれたのでした。それは現在マイクロソフトのビル・ゲーツの豪邸近くの湖上でした。最初の2・3回はスキー板が水中にぐんぐん引っ張られていく感じで溺れそうになりましたが慣れてくると水の抵抗をうまくスキー板の裏側で捉えられるようになり湖上に体が浮上します。モーターボートに引っ張られて湖上を駆け巡るのは実に爽快な気分です。

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