2010年7月1日木曜日

30.一夜の寝床泥棒

冬のシアトルは雪があまり積もりませんが気温は急激に下がって夜は零度以下になります。12月のある夜のこと友人達との飲み会でほろ酔い気分になりミセス・ジェイコブソンの下宿に戻って来ました。いつもの様に玄関ドアーの鍵穴に鍵を差し込みました。捻るとこくんと音がしてノブが回りドアが開けられる筈でした。ところがこの夜は鍵穴の中が凍り付いてしまっていて鍵が回せません。10分ほど懸命に捻ってみたのですがどうにも動かないのです。手はかじかんで力も入らなくなります。酔いはとっくに醒めて全身に震えが出はじめました。このまま外にいては朝までに凍死しかねないと思うと焦りが来ます。玄関上のPaulの部屋の電気は既に消えていました。誰か未だ起きている友人はいないものか考えると近くの下宿に住んでいるドイツ人留学生ギュンターのことを思い出しました。勉強家の彼なら深夜を過ぎた時間でも起きているかもしれません。

彼の入っている下宿は100mほど先の角地にありました。 行ってみると幸いなことに一階の彼の部屋には未だ明かりが点いています。窓に近づいて窓ガラスをこんこんと叩いてみました。気が付いた彼は入って来いと玄関ドアを開けて部屋に招き入れてくれました。ギュンターは未だ二十歳前でしたが頬ひげと顎鬚を伸ばしパイプを加えて革張りの椅子に座っている姿は哲学者の様な風格がありました。事情を話すと暫くパイプを吹かしていましたがパイプから手を離すと親指を天井に向けて差し出しウィンクをしたのです。彼の下宿は未だ満室になっておらず上の階に新しい下宿人を待っている空き部屋があると言います。そこに忍び込んで寝ろと言うのでした。「俺は黙っててやるから朝早く起きて出て行けばよかろう」と言うのでした。ちょっと後ろめたい気がしましたがこれしかないと思いました。

上の階の空き室には誰にも気づかれずに忍び込めました。ベッドには真新しいシーツで寝床が出来ていました。悪いなと思いながらもほっとしてベッドに滑り込みました。思ったより良く眠れました。翌朝他の下宿人達が起きてくる前に世話になったシーツのしわをのばして静かに外に出たのです。

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