ある土曜日のこと、いつもの様に私は一階のロビーから絨毯の掃除機がけを始めました。そこへリチャードソン夫人が上の階から降りてきました。時々私の掃除ぶりをチェックするのです。ところがこの時はチェックではありませんでした。夫人はロビーにあった数個のクラシックな椅子の一つを指差し「ちょっとこの椅子の足を見てごらんなさい。接いだ後があるでしょ。」指差された椅子の足を見ると確かに継いだ痕が見えます。「私が思うにヤス(私の前任者)が私の留守中にこの部屋で柔道の練習をしていて誤ってこの椅子にぶつかり椅子の足が折れてしまい、慌てて強力接着剤でつなぎ合わせたのよ」と言って私に同意を求めたのです。確かにヤスさんは柔道黒帯でしたがそんなことするとは思えません。私が最後まで頷かなかったのでその時はそれで終わりましたが、下手すると私も何かあらぬことで疑われているかもしれないと思うと落ち着いていられませんでした。
又、ある日のことスーパーマーケットで買い物をして帰って来たリチャードソン夫人があわてて私を呼びました。何事かと思って飛んでゆくと「スパーマーケットで35セント余分に払ってきてしまったのに気がついた。私のキャデラックを使っていいから35セント取り返してきて」と言うのでした。キャデラックで行けばガソリン代だけでも35セント以上は掛かるはずです。私が夫人の金銭感覚が良く理解できずに躊躇していると「ついでにrisqué(リスケイ)thing を買ってきて」と言ったのです。私はrisquéという単語を知りませんでしたのでriskyと思ってどんな危険なものかと訝っていましたが夫人の説明を聞いているうちにrisqué thingとは「大人のおもちゃ」のことであるとわかりました。パーティで贈り物に使うのだそうです。いずれにせよあまり引き受けたくない仕事でした。
時には親切心から私を困らせることもありました。何の機会だったか忘れましたが夫人が大きな白身魚を買ってきて夕食時に私のために炒めて出してくれたのです。日本人は肉より魚が好きであると決めてかかっていたのです。私は魚が好きではありませんでした。しかも味が無い大柄の白身魚など食べられたものではありません。しかし、親切心から夫人がわざわざ作ってくれた料理を食べないわけには行きません。私にとっては苦痛の魚料理でした。
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