2010年7月23日金曜日

46.ジョン・F・ケネディー大統領暗殺される

その日私は大学の図書館で物理レポートの作成に取り組んでいました。正午一寸前だったと思います。突然、図書室中央の大きなドアが開きました。館長が姿を現し「今しがたケネディ大統領がダラスで銃弾に倒れ現在昏睡状態にあります」と告げたのです。館長の目は真っ赤で涙が溢れていました。当時ラジオでは頻繁にケネディーとジャックリーヌの物まねコミックが流されていてケネディ家族は皆に大変親しまれていました。キューバ危機を乗り越えた若き大統領に期待が集まっていた最中のこの事件がアメリカ国民だけでなく全世界に与えたショックは計り知れないものがあります。

ワシントン大学の午後の授業はすべて中止となり建物には半旗が掲げられました。私も直ちにリチャードソン邸に戻りテレビにかじりついて事件の成り行きを追いました。間もなくケネディ大統領の死亡が発表され、その夜遅くリー・ハーヴェイ・オズワルドがケネディ暗殺容疑で逮捕されました。ところがこのオズワルドは、事件の2日後の11月24日の午前中にダラス市警察本部から郡拘置所に移送される際に、ダラス市警察本部の地下通路で、ダラス市内のナイトクラブ経営者でマフィアと(そして、ダラス市警察の幹部の多くとも)関係が深いルビーに射殺されたのです。この時の模様はアメリカ中にテレビで生中継されており、数百万人のアメリカ人が生中継でこの瞬間を見ることになったのです。私もこの瞬間をテレビで見ていた一人です。

ルビーがオズワルドを射殺した理由は「夫が暗殺され悲しんでいるジャクリーン夫人とその子供のため」、「悲しみに暮れるケネディの妻・ジャクリーヌが法廷に立つ事を防ぐ為」という不可解な理由でしたが、ケネディ大統領暗殺事件を検証するためジョンソン第36代アメリカ合衆国大統領により設置された調査委員会であるウォーレン委員会はおろかマスコミでさえその不可解さを取り上げることはありませんでした。しかも、この事件とも何の関係もない、かつ警察関係者でもマスコミ関係者でもないルビーがなぜやすやすと警察署内に入り込めたのかという理由について、ウォーレン委員会はダラス市警察本部の事前警戒の不備を厳しく批判してはいるものの、その理由については最終的に満足な説明は何一つ為されなかったのです。
また、事件後には、ルビーがオズワルドと複数の人物を介して知人の関係であった上、なぜか暗殺事件発生直後からオズワルドの行動を随時追いかけていたことが複数の人物から証言されましたが、そのルビーはこの事件について多くを語らないまま4年後に癌により獄中で死亡しました。日本であれば警察が移送中の重要容疑者が殺されたりすればマスコミが警察に対する非難を大々的に取り上げ大変な騒ぎとなったと思います。

副大統領であったジョンソンがケネディ大統領の後を継ぐ第36代アメリカ合衆国大統領に就任しましたがその就任式でジョンソンが「この難関を乗り越えるために私は国民皆さんの協力と神のご加護が必要である」と述べたのを記憶しています。とにかくなぞの多い事件でした。

0 件のコメント: