日産汽船の貨物船「日令丸」は当初の予定を3日遅らせて9月5日ようやく横浜第三桟橋を後にしました。12人まで船客を取ることの出来る貨客船だったのですが船客はたったの2人、私とジョンズ・ホプキンス病院に研修に出かける看護婦のR嬢だけでした。船が桟橋を離れだんだんと見送りの人々の影が小さくなり見えなくなった時、時計の針は午前7時30分を指していました。何とも言えぬ寂しさがこみ上げて来ます。 我々2人の船客の心持を察してか穏やかな風格のパーサー(事務長)が寄ってきてやさしくいろいろな話を聞かせてくれること約1時間、船もようやく横浜から遠のいた模様です。まだ対岸の見える2階デッキからひとまず船室に戻りました。なんとなく浮ついた心境です。別れ際にガールフレンドから手渡された手紙を取り出し読み進んで行くうちに胸がジーンとしてきて目頭までが熱くなってきました。畜生、バッキャロウ、誰かに怒鳴りつけたいようなおかしな感じです。
簡単に朝食をすませ3階デッキに出てデッキチェアーに横になりました。かかりつけの眼医者が言っていた通り洋上の太陽の反射はすさまじいものです。サングラスを持ってきてよかったと思いました。広大なる海を眺めていると大変なことをやらかしてしまった、シマッタと言う気持ちが断続的に襲ってくるのです。もう永久に愛すべき人々に会えないのではと言う錯覚に陥ります。渡米したい一心でことをここまで進めてきたのにアメリカには知人は一人もいないのです。先は全く読めていません。しょうがない、眠るしかないとデッキチェアーに横になったまま覚悟を決めて目を瞑りました。どのぐらいうとうととしていたでしょうか、突然目の前が真っ赤になって体ごと溶鉱炉に投げ込まれるような気がして目が覚めました。目の前に無限に拡がる海、海。薄情な海は何一つ慰めの言葉を投げかけてくれません。ただ目の前に拡がっているだけです。焼け付くような太陽に照らされた海面がギラギラと輝いて孤独感を煽り立てます。太陽の熱で体中が燃えてくるようです。
豪勢な昼食の後再び3階デッキに出てデッキチェアーに横になりました。満腹のせいか睡魔に襲われ眠りに落ちました。時間がどれぐらい経った頃だったろう突然、階段を駆け下りてくる音で目を開けると「鯨だ、鯨だ」と言う船員の声が聞こえます。慌てて「何処ですか?」と探してみたがもう見当たりません。残念しごく。その後船内の探索に出かけました。「日令丸」は7千トン弱(正確には6,648トン)でそれほど大きい船ではありませんがやはり外国に行くだけあってそれなりの装備が施されていました。4階には幹部船員である船長、機関長、通信長、事務長の船室と並んで客室があります。最上甲板(デッキ)には輪投げセットやゴルフセット(プラスティックのゴルフボールがひもでつながれている)等があり適当な運動はここで出来ます。下の階に行くとかなり広い浴場があります。一般船員の船室も下の階にありました。あとは貨客船なので貨物用のコンパートメントが船のだいぶぶんをしめています。
午前中、持ってきたポータブルテープレコーダーで筝曲を聴きました。午後の昼寝中何処からともなく「さくら、さくら」の音色が聞こえてきました。まさかと思ったがやはり筝曲の「さくら」の曲のようにしか聞こえません。音源を求めて船内をうろうろしてみたのですが結局わからずじまいでした。耳のせいかもしれません。夜は事務長(パーサー)、R嬢と3人してサロンにて巨人・阪神戦を聞きながら話し合いました。話しているうちにパーサーが大学の先輩であることが分かりなんとなく心強くなりました。この夜巨人の王が小山投手から3連続ホームランを放ちました。
0 件のコメント:
コメントを投稿